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挨拶
 先日「感謝」と書かれたのし紙が張られた小箱を戴きました。私が留守の間に届けられたものです。開けると日本酒の4合瓶が2本入っておりました。秋限定の吟醸酒です。「感謝」に心当たりがないのでいぶかったのですが、中に入っていた手紙をみて、「なんと律儀な」と思ってしまいました。

 送り主はドラム演奏者の大間ジローさんです。彼が出演していたFM秋田の音楽番組の周年パーティーの席で、私が挨拶をさせられたことがありました。「彼(大間ジロー)はオフコース時代、音楽の世界で頂点を極めました。若い時に頂点を極めた人間のその後の生き方というのはすごく難しかっただろうと思う・・・」そんな話をしたのです。もう11年ほど前のことです。「・・・悩んだ末、彼は秋田に戻る決心をしてくれました。秋田の人間としてこれはありがたくうれしいことでした。」と続けたはずですが、大間さんがその言葉を覚えてくれていたのです。最近彼の出身地である小坂町から会報へ載せるエッセイを頼まれ、私の話したその言葉をネタにしたという報告が手紙に書かれていたのです。会報も同封されていました。それで「感謝」の意味はわかったのですが、どうもこそばゆいことでありました。

 挨拶が感謝になるのはいいのですが、その逆の場合もあります。これもかなり前のことですが、結婚式の祝辞で自分のことをあまりほめてくれなかったと、新郎に愚痴られたことがあります。結婚式の数年後、ビデオで改めて自分の結婚式を見てそう感じたというのです。言われたのがお酒の席でしたので、少し駄々をこねてみたということで悪気があってのことではなかったのですが、言われた私は記憶がないので面喰ってしまいました。多分その彼はおおらかな性格で皆から好かれていたのですが、素早さとか緻密さとかとは無縁なタイプでしたので、仕事ができるというような話ではなく別の言い方をしたのだろうと思うのです。でも本人は普通の褒め言葉を期待していたわけです。

 行き違いなのですが、もう一つ別の件では本人が納得しつつもいま一つ釈然としていないということもありました。やはり結婚式の席です。わたしは新郎の父の友人ということで祝辞を述べたのですが、冒頭「新郎の父君はお世辞にも家庭的な人間とは言えないと彼を知ってる人は皆思っている」といったのです。そのあとに、「そんな彼が新郎(子息)のことを如何に気にかけ思っていたか」ということをエピソードを交え話したのですが、どうも「家庭的ではない」という言葉が独り歩きして、その後絶好の酒の肴にされてしまいました。
 
 立場上私はいろんな場所、いろんな場面であいさつをさせられます。大体は聞く方も右から左ですし、話す方も通り一遍で済ましてしまうことが多いのですが、まれに後々まで反応が残ることがあります。挨拶は刺身のつま。でもたまにはその“つま”にわさびをまぶしてピリッとさせたいとは思っているのです。今晩も会合があり挨拶付きです。でも今宵もやはりザビ抜きかなと、少し弱気です。

by 北嶋 正 ¦ 16:50, Tuesday, Oct 04, 2016 ¦ 固定リンク

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